song for

花びらに光なく
見よや空には銀いろのつめたさひろごれり
あはれはるかなる湖うみのこころもて
燕雀のうたごゑも消えゆくころほひ
わが身を草木の影によこたへしに
さやかなる野分吹き來りて
やさしくも、かの高きよりくすぐれり

 佳い塩梅に、覘って来た招牌の蔭に、立籠って、辰公は、ラジオを享楽して居る。
「講座」は閉口る。利益には成るのだろうが、七六ツかしくて、聞くのに草臥れる。其処へ行くと、「ニュース」は素敵だ。何しろ新材料と云う所で、近所の年寄や仲間に話して聞かせると辰公は物識りだと尊てられる。迚も重宝な物だが、生憎、今夜は余り材料が無い。矢ッ張り寒い所為で、世間一統、亀手んで居るんだナと思う。今夜は後席に、重友の神崎與五郎の一席、之で埋合せがつくから好い……
 と、ヒョイッと見ると向側の足袋屋の露地の奥から、変なものが、ムクムクと昂る。アッ、烟だ。火事だッと感じたから「火事らしいぞッ」と、後に声を残して、一足飛に往来を突切り、足袋屋の露地へ飛込んだ。烟い烟い。

 船室の中に二十四五の、下手な化粧の女がいた。船員が右舷に行つてくれ、といくら頼みこんでも一人位いいじやないのといつて、いうことを聞かないその女は、眼鏡をかけ、いわゆる現代的な女のタイプであつたが、どこからか、大浦上陸後のニユースをもつて来て、しきりに甲高にしやべりちらしていた。大浦から本渡までのバスが来ないですつて、橋がこわれているから、歩かなくちやならないわ、こまつたな、本渡まで七里よ、あんたどうする、歩いたら七時間かかるわ、真夜中までかかるわ、困つたな、などと、一人ではしやいでいるが、そのさわざ方があまり大げさなので、乗客も退屈しのぎに聞いている程度で、そう困つたような顔もしていなかつた。乗客の一人が私に耳うちした。あいつ左舷から動かないので、船員にだまされたんですよと。彼女の動かないその場所が、上陸第一のところだそうだ。そこにいて第一ばんに上陸したつて、バスはありませんよ、と、いわれたに違いないと、私のよこの男は判断したもののようであつた。